『アンナ・マクダレーナ・バッハのための音楽帳』崎川晶子(チェンバロ)

西原稔(毎日新聞2011年8月24日夕刊「私の3枚」)
多様な各作品を揺ぎなく捉え、その演奏は優美さと気品を感じさせる。

濱田滋郎(レコード芸術2011年9月号・特選盤)〈本誌画像〉
何年か前だったろうか、崎川晶子が渡邊順生と組んで入れたモーツァルトの「フォルテピアノ・デュオ」がレコードアカデミー賞に浴したことは記憶に新しい。ほかにもレコーディングのある彼女だが、このたびはルッカース・モデルによるアントニー・サイディ製作のチェンバロとともに、「アンナ・マッグダレーナの音楽帳」からの抜粋を聴かせてくれる。(中略)崎川晶子は精確さとともに優美な落ち着きとあたたかさをもって奏で、すこぶる佳い雰囲気をかもし出す。この曲集にとって理想の演奏と呼べるほどに。

那須田務(レコード芸術2011年9月号・特選盤)〈本誌画像〉
崎川晶子による「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」。久しく同音楽帳の優れたディスクが出なかっただけに、同音楽帳の2つの巻の鍵盤曲から編まれた当盤はまさに待望のアルバムである。(中略)崎川の演奏にはしっとりとした落ち着きがあり、フレージングも歌の魅力に溢れてバッハの新妻アンナ・マグダレーナへの愛の贈り物にふさわしい、親密さややさしさを感じさせる。
第3番の<サラバンド>は嫋々として味わい深く、繊細なニュアンスと陰影に富む。今でも子どもたちに愛奏されている、ベツォルトの2つの<メヌエット>は大人の指と心で弾かれ、ふくよかな情感とともにアンナ・マグダレーナその人の演奏を彷彿とさせてくれるし、C・P・E・バッハの小品もメリハリの効いたリズムや表現とともにやんちゃな息子の面影が偲ばれる。

安田和信(MOSTLY CLASSIC 2011年10月号)〈本誌画像〉
〈バッハの2番目の妻のために編んだ音楽帳の12曲〉
日本を代表するチェンバロ•フォルテピアノ奏者の一人が、バッハが2度目の妻のために編んだ音楽帳(その2冊目中心の選曲)から12曲を演奏。フランス組曲第5番、パルティータ第3番と第6番の初稿といった大作のみならず、単独の小品(いわゆる「バッハのメヌエット」のような他人作を含む)も含む。18世紀中頃、フレンチ仕様に改造したルッカースのコピーという仕様楽器の非常に豊かな音量と特徴的響きは、録音でも明瞭にわかる。

読売新聞サウンズBOX(読売新聞)〈本誌画像〉
「フランス組曲第5番」「パルティータ第3/第6番」のほか「メヌエット」などの小品9曲。崎川晶子のチェンバロ演奏は細部まで綿密に磨きあげられ、流麗で拡張高い。使用楽器の響きにも洗練された味わいが感じられる。


『モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ Ⅱ』

濱田滋郎(レコード芸術2008年11月号・特選盤)〈本誌画像〉
2006年度器楽部門レコードアカデミー賞受賞を得たCD「モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ」の続編を、前作に続き渡邊順生、崎川晶子のコンビが発表した。~ 省略 ~
今度の一枚は片やヨハン・アンドレアス・シュタイン製、片やアントン・ワルター製と2種のフォルテピアノを使用していることが特筆に価する。2台のピアノのための楽曲として、《ラルゲットとアレグロ》変ホ長調、《ア ダージョとフーガ》ハ短調、《自動オルガンのた めのアダージョとアレグロ》また 4手連弾曲としてソナタハ長調、《自動オルガンのためのアンダンテ》が弾かれており、さらに1曲独奏(渡邊)によ る《ロンド》イ短調も加えられている。シュタインを用いたこのロンドが機微を心得た演奏によってじつに佳く、当CD中の白眉と呼んでも良いほど ~ 省略 ~
2台のピアノ作品、連弾作品とも、各曲それぞれの味わいを最高度に生かした秀演、佳演揃いで、前作にお劣らぬ感興を与えられた。~ 省略 ~

那須田務(レコード芸術2008年11月号・特選盤)〈本誌画像〉
レコードアカデミー賞器楽部門受賞の《モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ》 の続編。今回はなんとニュルンベルクのゲルマン博物館との共同制作で、同博物館所蔵のシュタイン(1788年)とヴァルター(1790年頃)のオリジナル。ともにモーツァルトのピアノとして名高く、世界中でこの二人の製作家の複製が演奏や録音に用いられていることを考えれば、これがいかに破格の企画かがお分かりいただけるであろう。
さて演奏は…。何よりも音色がいい。艶があって奥深い響きがする。その上、博物館内における自然な響きが良く捕らえられた録音が良い。~ 省略 ~
2台ピアノのための《ラルゲットとアレグロ》のアレグロやK.546《アダージョ》の凝縮されたエネルギーには凄まじいものがあり、《フーガ》のスリリングな展開にはどきどきさせられる。そして渡邊がシュタインで弾いた《ロンド》イ短調は霊感 と気品に満ちた秀演。その他息の合ったアンサンブルを聞かせるハ長調の連弾ソナタや《自動オルガンのためのアンダンテ》など聴き所が多い。華奢で繊細なシュタイン、柔らかくて力強いより未来 志向のヴァルターと音色や性格の違い は瞭然。~ 省略 ~


『光のしずく』

那須田務(レコード芸術2006年1月号・準推薦盤
今月は現代作曲家の作品集を2点聴いた。「器楽」の当欄で扱うことと関係があるのか、いずれもシリアスな現代音楽ではなく、POPな感触を持った、親しみやすい作風とサウンドによる音楽である。これは、チェンバリスト崎川晶子のために書き下ろした「夢見る翼」に続く上畑正和の作品集。今回は上畑自身による リード・オルガン(足踏みオルガン)のほか、崎川のチェンバロ、橋本薫明の鳳笙、亀井真知子のハンドベルによる演奏である。「光のしずく」は扉が開いたような、笙とリードオルガンの響きの上に舞い降りる、チェンバロのパッセージが印象的だ。「白壁の町」とはどこのことだろう。チェンバロと笙とハンドベルの眩い響きに続いて、チェンバロが親しみやすいメロディーを奏でる。この白い壁の家屋が立ち並ぶ町は、このCDをかけるごとに現出する時空を超えた幻とでもいうように、どこか儚げで悲しい。それは「こもれび」も同様。リードオルガンは時にシリアスな楽器にも手回しオルガンのようにもなり、シャンソンのような調べが聴こえる「GALLE」は思いのほかドラマティックだが、概してそのサウンドは親しみやすく、1枚のアルバムを通して不思議なハーモニーと旋律に彩られている。まさに上畑ワールド一色。それらを、作曲者を含む4人の音楽家が内面的かつ燃焼度の高い演奏を繰り広げている。


『モーツァルトその光と影(フォルテピアノによるソナタ集)』
 フォルテピアノ:崎川晶子

濱田滋郎(レコード芸術2006年6月号・特選盤)
先般、渡邊順生とのフォルテピアノ・デュオにより、非常に見事なモーツアルトをCD上に披露した崎川晶子が、今度は単身でここに登場した。ソナタを3曲、ファンタジーを1曲。おそらく今最も気分よく、気合を込めて弾けるのであろう曲目を揃え、おのずと充実したリサイタルを彼女は繰りひろげる。『モーツァルトの光と影』と題しているが、ニ短調の幻想曲(k,397)からイ短調のソナタへ、そしてヘ長調(k.533,k494)を経てイ長調《トルコ行進曲付き》のそれへと、一枚のアルバムにモーツァルトの多彩なパトスのあり方を映し出すには、まことに有効かつ有意義な選曲が成されている。
演奏ぶりは楽器―ちなみに、使用のフォルテピアノはフェルディナンド・ホフマン(1790年頃ウィーン)の性能、特質を生かしてデリカシーに富んでいるが、いっぽうたんに古雅な雰囲気の内に遊ぶという性格のものでもなく、随所に清新な覇気を、積極的な生命感の発揚をも感じさせる演奏となっている。すなわち、k310に盛られている劇的なものは、哀切な物と相まって、見事に表出されている。ヘ長調ソナタの高度な構築性と遊びの精神の兼ね合い、イ長調ソナタの親しい優しさと天才ならではの創意が綾なす意匠、いずれも鮮やかに、姿よく弾き表されて言うところがない。k331の第一楽章など、この快適さにおいてならば、主題のみならず各変奏ともリピート入りで、さらにじっくり味わわせて欲しかったかな、と思われたほどである。
フォルテピアノによる、という処に寄りかからず、奏者の音楽づくり、モーツァルトとの呼応の確かさ、深さによってこそ光る1枚にほかならない。

那須田務(レコード芸術2006年6月号・特選盤)
先ごろ、渡邊順生とモーツァルトのクラヴィーア・デュオやチェンバロによる現代作品の『夢見る翼』がリリースされた崎川晶子によるモーツァルト・アルバム。使用楽器は渡邊氏のホフマン(1790年頃)。渡邊氏とのデュオや4手連弾を通じてこの楽器の特質を知り尽くしそれを生かし切っている。エレガントで知と情のバランスが取れた演奏をする方だと思うのだが、《ソナタ》イ短調の第1楽章は、思いのほか激情を迸らせて驚かされる。
第2楽章は穏やかで澄んだ響き。終楽章もテンションの高い激しい攻めの演奏だ。
《ソナタ》ヘ長調k533+k494は多様なアーティキュレーションと迫真のデュナーミクが、このソナタの多分に見過ごされがちな起伏に富んだドラマをスリリングな感興とともに聴かせている。即興的な装飾音をあまり弾かないのはこのモーツァルトの特徴といえる。また、歌謡的な旋律の美しい緩徐楽章では多様な和音それぞれの個性的な色合い(古典調律の強みだ)や変音装置(モデレーター・ストップ)が演奏に現代のピアノでは味わえない奥行きとカラフルな色彩感をもたらしている。K330は変奏曲の繰り返しをしないのはひとつの解釈なのだろうが、音楽的なバランスの点ではどうだろうか。とはいえ、このソナタも率直勝つ自在に、情緒豊かに奏でられた佳演である。


『モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ』

濱田滋郎(レコード芸術2006年1月号・特選盤)
チェンバロのみならずフォルテピアノの演奏に関しても日本有数のエキスパートである渡邊順生が、門下の一人、崎川晶子とデュオを組みモーツァルト作品を録音した。
2台のピアノのための周知の名品、『ソナタ』ニ長調k448、ロバート・レヴィンが補筆完成した、聴かれることの多くない《ラルゲットとアレグロ》変ホ長調、そして連弾のための主要作である《ソナタ》ヘ長調k497、《アンダンテと5つの変奏曲》ト長調k501を取り上げている。連弾曲においては崎川が第1ピアノ(高音側)、2台用の曲においては渡邊が第1ピアノを担当しているが,いずれにせよ二人の気息はぴたりと合っており、使用ピアノがいずれも1790年代のウィーンのフェルディナンド・ホフマン製であることも手伝い、なんとも純正な雰囲気を醸し出す。いつものように渡邊はみずから詳細な解題をブックレットに記しているが、2台のピアノのための楽曲について、普通に思われがちなように「家庭音楽」として書かれたのではなく、協奏曲と同じようにコンサート用であることを意識して書かれたというのは説得力十分。しかも、それを机上の論には終わらせず、実際に演奏をもって示してくれるのだから、この説の正しさもはや疑うべくもない。ニ長調k448のソナタは、すなわち、堂々と、スケール感豊かに弾き切られている。フォルテピアノの減衰の早い音の性格を逆に生かし、歯切れの良い、かえって間の妙味に満ちた奏楽を聴かせるところは、まさにスペシャリストたちである。
この名作にはモダン・ピアノによる名演もあるにはあるが、「本物はこれなのだ」とつくづく感得させる当盤のような演奏は、格別に貴重なものと言うほかない。

那須田務(レコード芸術2006年1月号・特選盤)
渡邊順生と崎川晶子がホフマンによる2台のオリジナルのフォルテピアノで存分にモーツァルトを楽しんでいる。フェルディナンド・ホフマンはウィーンの宮廷楽器製作者だった人。
2台とも名器である上に楽器が健康な状態で、しかも、1台は1790年頃の5オクターヴ、もう1台は1795年頃の5オクターヴ半と、同じメーカーながら若干タイプが異なる。 こういう楽器でモーツァルトの2台ピアノや連弾を録音できると言うのは、世界中を探しても非常に稀な、幸運なケースと言っていい。これは決して誇張ではない。これまで同曲のスタンダードだったビルソンとレヴィン盤もこれほどいい条件に恵まれなかった。
しかも、渡邊、崎川両氏はそれぞれ音楽家として目下、知情意+技ともに充実した時期にあり、その上長年デュオを組んできただけあって、よい演奏の生まれる条件が揃ったといえる。連弾で崎川が2台ピアノで渡邊がそれぞれ1番を受け持っている。モーツァルトのピアノ・デュオをモダンのピアノで演奏すると、どうしても音量や表現が控えめになるし、残響のコントロールもむずかしいが、ダイナミックなビート感や生き生きとした躍動感に支えられたアンサンブルは本当によく合っているし、気持ちがよいほど思いきりがよい。そしてホフマンの音色のすばらしさ!その光沢や艶と深みは何ものにも代えがたい。2台ピアノの曲はもちろんのこと、モーツァルトの連弾曲は決して小市民的な慎ましやかな音楽ではない。多彩な情念と音色に彩られて大変に聴き応えがあり、ドラマに満ちた音楽であることを教えてくれる。

海老澤敏
(「モーツァルトの響きの世界に無限に近く肉迫する -異色のCDを聴いて」)

渡邊順生さんはまことにユニークな鍵盤奏者である。優れた演奏技術とまた深い知識を兼ね備えつつ、2世紀も3世紀も前の遠いクラヴィーア音楽の遥かな世界を一瞬のうちにおのれのものとする。古いはずのチェンバロやフォルテピアノは彼にとってまことに身近か現代の楽器なのだ。今回の崎川晶子さとの「モーツァルト・フォルテピアノデュオ」でもこの印象はますます鮮明、否、鮮烈でさえある。フォルテピアノなる楽器に関する該博な知識に裏づけられたそのモーツァルト演奏は、おそらく初めての聴き手をたじろがせるにちがいない。だが、しばらくすると、いや、すぐにもその響きの只中に、モーツァルト、そう、このCDの主人公のモーツァルトが微笑みを浮かべながら、姿を見せるかのような思いに誰でも捉えられることだろう。
そうだ。2006年のモーツァルト、彼の生誕250年の記念すべき年に、この渡邊順生さんと崎川晶子さんの息の合ったピアノデュオにまず何よりも先に聴き入ろう。


『夢見る翼』

那須田務(レコード芸術2006年1月号・準推薦盤
実に不思議なアルバムである。すべて崎川晶子のための新作。ここで少し作曲家の上畑氏について紹介すると、「CM音楽の作曲を中心にさまざまな アーテイストやサントラ等の作編曲、プロデュースを手がけている。最近はピアによる自己 表現」に目覚め。POPなメロディと美しい響きを取り入れ いつも傍に置いておき たい音楽を目指している」という。~ 省略 ~ 
1曲目の「深い霧の奥へ」からしっかりチェンバロの響きがしている。 もちろん使われている音は新しいのだが響きがチェンバロらしいのだ。~省略~
バロック的なダイナミズムを感じさせる《六月の舞踏会》という曲や、バレエ音楽 としても使えそうな《黒いマントの男》、情熱的で即興的な《即興曲 スペイン》。 そして彫刻家八木ヨシオさんの作品「孵化するニケ」からインスピレーションを 得たという《NIKE》後者では卵からニケが孵化して飛んでいく様子を想像させ る。おもちゃ箱のようなアルバム。これも21世紀的チェンバロの楽しみ方。


■ レコード・アカデミー賞とは?
 「レコード・アカデミー賞」(音楽之友社主催)は、各年度(1年間)に日本のレコード会社から発売された(直輸入盤も含む)クラシック・レコードを9つのジャンル(交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽、器楽、声楽、オペラ、音楽史、現代音楽)に分け、各部門担当の選定委員の合議により、それぞれのジャンルの年間ベストワンのディスクに与えられる賞です。さらに、それら9点のディスクの中から、選定委員全員の投票によって「レコード・アカデミー大賞」と銀賞・銅賞の受賞ディスクが決定されます。9つのジャンルの他に、3つの特別部門も設けられています。  2006年1月新譜としてリリースされた私共の『モーツァルト:フォルテピアノ・デュオ』のディスクが、2006年度のレコード・アカデミー賞を器楽曲部門で受賞したという報を聞いた時には、とても信じられない思いでした。器楽曲部門は、全ピアノ曲(二重奏と四手連弾を含む)、チェンバロ、ハープ、ギター等の独奏曲、ヴァイオリンやチェロ、フルート等の無伴奏曲を含み、発売されるCDの数は他の部門に比して圧倒的に多いカテゴリーです。その部門で、2台ピアノと四手連弾という地味な分野における当ディスクが受賞の栄誉に浴したことに対しては、選定委員諸氏と音楽之友社に謹んで御礼申し上げたいと思います。フォルテピアノによる演奏では、過去に、室内楽(ヴァイオリンとの二重奏)と歌曲伴奏という2つの例はあるものの、ピアノ音楽の領域で初の受賞となったことも光栄の限りです。  モーツァルト・イヤーという特別の年にモーツァルト作品のCDは山ほど世に出ましたが、今回受賞したのは、アンネ=ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィンらによるピアノ・トリオ(室内楽曲部門)と当ディスクの2点のみでした。